奈良県橿原市にある今井町は、江戸時代から「大和の金は今井に七分」といわれるほど栄えた商人の町として知られています。しかし、この町の成り立ちには一つの昔話のような逸話が残っています。今から約500年前、戦国時代のこと。今井町はもともと「称念寺」というお寺を中心に広がる宗教自治の町でした。寺を囲むように濠や土塁を築き、武士の領地に頼らず自らの力で町を守っていたのです。
やがて織田信長の勢力が大和に迫り、周囲の寺や城は次々に攻め落とされていきました。ところが今井町だけは頑丈な濠と町人たちの結束により、いくら攻めようとしても落ちませんでした。そのため、今井は「不落の寺内町」と呼ばれるようになったのです。ただ、戦いを続ければ町も疲弊してしまいます。町の長老たちは知恵を絞り、信長に従う代わりに町の自治を認めてもらう道を選びました。これにより戦火を逃れ、商業の力で栄える町へと発展していったのです。
現在も今井町を歩くと、碁盤の目のように整然とした町割り、白壁の町家や格子戸の家並みが残されています。その姿は、かつて自らの知恵と力で町を守り抜いた人々の誇りを今に伝えているのです。昔話のように語り継がれる「不落の今井町」。ただの観光地としてではなく、人々の暮らしと知恵の結晶として味わうと、この町の散策がより深みを増すことでしょう。
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